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Pécs

一般的な情報

ペーチ
  • 地名: Pécs (ペーチと発音されているのでご注意) オーストリア・ハンガリー二重帝国の時代には、Fünfkirchen (フュンフキルヘン ― 五つの教会)という 通称で通っていた。ローマ帝国のとき、Sophianae (ソフィアナエ)、そして その後 Cinque Ecclesiae (スィンケ・エックレシアエ、ラテン語で”五つの教会”)という名前も あった。オスマン人はこの町を Pecavi (ペチャヴィ)と呼んで、現在の名前の起源であるかもしれない。
  • 位置: ペーチは南トランス・ダヌビアという比較的に気温が暖かい平らにあり、 ハンガリーの南西端を占める。ペーチはドナウ川と Dráva (ドラーワ)という 支流の間にある。ペーチの近くには、Mecsek (メチェク)山地が始まる。 南の→クロアチアとの国境は35キロしか離れていない。 北方にある→バラトン湖までは約80キロ。
  • 人口: 約17万人。ハンガリーの大都市の一つ。


  • 町の姿: ペーチには、四角の旧市街はほとんど完全に残されている。特に北と西には、昔の外壁の大きい部分は 保存されている。旧市街の北西端には、遠くから見える Basilika St. Peter (聖ペーター大聖堂)が 建ってある。一番真中には広範囲の Széchenyi tér (セーチェニイ広場) がわたっている。その広場から、約12の道路がわかれる。その内、 Király utca (キラーイ・ウトツァ)という沢山の店が並んでいる歩行者専用道路がある。 セーチェニイ広場には、ツーリスト・インフォメーションがある。ペーチの駅とバス・ターミナルは 旧市街の南にあり、やや遠い。 セーチェニイ広場からずっと Jókai Mór utca (ヨーコイ・モール通り)を南へたどると、 徒歩で駅まで15分ぐらいかかる。 ペーチの歴史的に面白い地区は中央広場と上述の大聖堂のあいだに広がっている。旧市街は丘の上にあるので、 坂が多い。新市街は西方にある。
  • ペーチの中央広場
    Széchenyi tér というペーチの中央広場


  • 歴史: ペーチは中々古い町で、古代ローマ帝国のときに下パンノニア属州の州都であった。 キリスト教化が行われた後、ペーチは宗教的な中心になり、市内には5軒の教会が築かれた(参照:地名)。 →第一次ハンガリー帝国の創立と共に、ペーチは 司教座の所在地に指定された。モンゴルの騎兵の攻撃の後、町を守るための 外壁が建築された。14世紀の中期に、ペーチでは最初のハンガリーの大学が創設された。
    1543年以来、ペーチとその周辺はオスマン帝国に占領され、数百年間オスマン帝国の影響を受けた。 オスマン帝国の支配者は現在のペーチの特色ある相貌をつくりあげていた。ペーチはハンガリーで 唯一のオスマン帝国の雰囲気が残っている町だといえる。それに加えて、ペーチは大切な大学の町で、大学生と それに関する設備が多い。


  • 往路: 首都の→ブダペストまでは一日中10本ぐらいの列車があり、 全部は直行だから便利だ。東方にある→セゲドまではバスのほうが便利だ。 運賃は1880HUF(750円)で、所要時間は約3時間だ。列車では →オシエクという隣国の →クロアチアにある大都市まで行ける。 オシエクから行くと、運賃は94クナ(約1600円)かかる。一日中一本しかなくて、その列車すごく鈍くて、 近いのに数時間かかる。


  • 見所

    中心にある Széchenyi tér (セーチェニイ広場)では モスクの教会がすぐ目立つ(モスクの教会は現在の通称)。 この教会は元々ガズィ・カッスィム・パシャ・モスクであった。モスク・教会は最大のハンガリーのオスマン帝国の時代から 残された建築物だ。オスマン帝国の枷からの解放の後、このモスクは教会になったが、 イスラムの要素は保存された。大きい丸屋根だけを見ると、この教会になった建物の元々の使用ははっきりになる。

    モスクの教会と三位一体の円柱
    モスクの教会と三位一体の円柱


    モスクの教会の裏側には、考古学博物館がある。それに加えて、 中央広場の真中には、三位一体の円柱(注:三位一体はキリスト教で父・子・聖霊の一体という意) がある。
    中央広場から北へ行くと、狭くて曲がりが多い横町に入り、道路は狭すぎるので車がない。 一つの横町は Káptalan utca (カープトロン通り)と呼ばれ、沢山の 博物館が並んでいる街だ。

    四つの塔のある聖ペーター大聖堂
    四つの塔のある聖ペーター大聖堂


    カープトロン通りの終点には、遠くから見える四つの塔の聖ペーター大聖堂が建ってある。 聖ペーターは元々11世紀に創設されたが、 現在に見える建築物は大体1881年に築かれたものだ。 大聖堂の大部分は古い外壁に囲まれてる。その外壁の最古の部分は Barbikan (バービカン)と 呼ばれている。大聖堂の傍には1770年に建築された司教の宮殿が建ってある。
    大聖堂の前にある階段を下りると、Szent István tér (セント・イシュトヴァーン広場) という公園のような大きい広場が広がっている。公園には、 初期キリスト教の礼拝堂が発掘された。小さい階段を下りると、その狭い 礼拝堂に入ることができる。中には、4世紀の面白いフレスコが見える。
    モスクの教会以外には、他のオスマン帝国時代の史跡もある。その内、 南西の外壁の前にあるハッサン・ヤコヴァリ・モスク、そして Pascha Memi (パシャ・メミ)というトルコ風のお風呂もある。様々の教会とモスク以外には、 19世紀に作られたシナゴーグもある。
    他の名所がたくさんある。ペーチは歴史的に面白い場所だが、 史跡にあまり興味がなくてもこの町をちゃんと楽しめることができると思う。 旧市街はあまり広くないので、全部を歩いて見学できるのは便利だ。


    周辺

    ペーチの南方には温泉がある。その温泉は Harkány (ホルカーニェ)という クロアチアの国境に近い小町で密集している。暇があれば、緑が多い Mecsek (メチェク)山地で ハイキングできる。メチェクの二番目高い山は標高534メートルの Misina (ミシナ)山で、 上には200メートルの高さのテレビ塔が置いてある。


    宿泊

    Széchenyi tér (セーチェニイ広場)沿いのツーリスト・ インフォメーションは民宿を媒介する。民宿でのダブルはだいたい4000HUF(1800円)かかる。 然し、急がないとだめになる可能性もある。地図のコピーは悪かったから、私たちはその通りを 見つけれなくて、やっと見つけたときに予約したのに満室だった。ペンションの主人は友達の住所を教えた。 その”友達”は郊外に住んでいる翁だった。彼女は優しくて、部屋も大丈夫だったけど。


    リンク集

  • www.pecs.hu
  • ペーチの正式のホームページ。英語とハンガリー語。
  • web.matavnet.hu/kaz/kalocsa.htm
  • 個人旅行者のペーチなどについてのページ。

    ペーチについての面白いホームページを持っていますかまたはご存知ですか? その際には住所を知らせてください。確認した後、ここにリンクを入ります。 商業上のホームページはお断りです。 メールのリンクは左側のメニューに入っています。


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