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ブカレスト

一般的な情報

ブカレスト
  • 地名:「ブカレスト」は国際的な通称だが、本当の名前は ブクレシュティだ。昔話によって、この辺には Bucur(ブクル)という羊飼いが住んでいた。 彼の名前の意味は「喜び」で、町の礎石を置いた人と言われている。羊飼い の孫の名前は「ブクレシュティ」であったので現在の名前になったそう。
  • 位置:ドナウ川とカルパート山脈の間にはワレーキア盆地が 広まっている。ワレーキアというのは、あちこちになだらかな丘や小さい湖が ある平らだ。ブカレストを横断している Dâmboviţa川 (ドゥンボヴィツァ) のようなちゃんと見ないと見つけれない小河もある。
  • 人口: 約230万人。ブカレストは何の分野を見てもルーマニアの第一の都市。


  • 町の姿: ブカレストは100年前よく東のパリと呼ばれていた。 現在の町を見ると、この時代が明らかに終わった。パリと比べられた理由は 並木の幅が広い道路や立派な建物、そして北部にある凱旋門などであった。 そういうところがまだあるが、現在のブカレストの大部分は 汚くて空気が悪い大混乱しているもの。それに加えて首都の中の交通は 殺人的だ。運転手は「規則も糸瓜もあるものか」と思ってうまく歩行者などを 狩り立てる。歩行者専用の信号は青になっても安全ではない。 「強者が残存すべし」というダーウィン流の規則はブカレストの 唯一の交通規則であるらしい。
    ブカレストは色々な地区に区別できるもの。中心には、旧市街 が国立劇場、チシュミジウ公園とPiaţa Unirii(統一広場)の間に広まっているが、 今では旧市街はただ大きな工事現場群だといえる。ブカレストの旧市街は 魅力的な場所になるのはこれから数年間かかりそう。 しかし、流行のブティックや高級のレストランなどが益々増えてきて、 この20世紀が大変だったブカレストは段々よくなると感じられる。
    野良犬
    野良犬が多い
    ブカレストの北部と南部は故チャウシェスク風の狂気のまちづくりの証。それについての詳細な情報が下に書いてある。 それに加えて汚くて殺風景な郊外や衛星都市などもある。そういう郊外は Gara du Nord(北の駅)の裏側から始まる。 噂によってブカレストが好きな人がいるが、現在の町を見ると、それは想像しにくいことだ。但し、今の工事などの改善対策が これからも促進されていると、所々できれいな町になる可能性もある。
    ブカレストについて書くと、無数の野良犬を述べなければならない。 大きい犬と小さい犬、太っている犬と痩せている犬、色彩が豊富な犬と灰色の犬・・・時々三つの足しかない犬―何でもある。 しかし、ブカレストのどこでもぼやっと立っているノミ担体はだいたい人間を尊敬して近づくと逃げるかただ寝そべっているので 安心していい。


  • 歴史: 上述のように、ブカレストは伝承によってブクルという羊飼いに創設された。 ヴラド・ツェペシュ(別名ヴラド串刺し公)の治下でブカレストはワラキアの首都になった。 しかし、ルーマニアの首都になったのは1862年だけだ。それ以来、ブカレストは早く発達して立派な大都市になった。 故チャウシェスクはそれで満足できなくて巨大な建物群の社会主義的モデル町を作ろうとした。そのため、 70年代と80年代にはまず色々な旧市街の地区が完全に潰された(それはブカレストの無数の野良犬があることの理由の一つかもしれない)。 旧市街の代わりにすごく幅が広い並木道路(広いがそれでもずっと渋滞中)やばかでかい館などが建築された。 あちこちに教会が残っているので、「ああ、ロシアじゃないね!今いるのはバルカン半島だね!」と思い出せる。
    1989年の革命にはブカレストは当然ながら大切な役を演じた。市内には流血の戦いが勃発して、 憤激している鉱山労働者たちは首都を侵略してみた。今ではその短い内戦の損害が修復され、 ブカレストの中心はルーマニアの少しだけ強化しつつ経済の尺度だ。それにもかかわらず ブカレストは他のルーマニアの地方と全く違って国全体を代表することがいえない。
    ブカレストの北駅
    Gara du Nord (北駅)という一番大切な駅


  • 往路: ブカレストまでの行き方は→ルーマニアについての旅行案内を参照。 ほとんど全ての長距離列車はGara du Nord(北の駅)という 旧市街から数キロ離れている駅に到着する。特に夜中には駅の周辺の治安は中々悪いので注意したほうがよい。 短距離列車の場合では始点は北駅ではない可能性もある。 北駅の近くにはGara Basarab (ベッサラビア駅)という西方・南方行き各駅停車が出発する 駅もある。北駅の左側沿いにずっと真っ直ぐ歩くと、すぐベッサラビア駅に達する。各駅停車でブルガリアの国境まで 行くのは一番安いブルガリアへの行き方だ。
    チャウシェスクの一つのプロジェクトはブカレストのMetrou (地下鉄)の建設だった。 全部で三路線があり、駅も車両も近代的だ。二回使える切符は8000レイになる。その他にはトロリーバス、 トラムとバスもあり、便利な交通網だといえる。
  • 治安: 特にブカレストでは治安が非常に悪いと言われている。ニセ警官や盗難、詐欺などが多いという噂がある。 しかし、普通に注意したら、こういう事件に遭う可能性が他のヨーロッパの首都と同じぐらい低いと思う。 例を挙げると、外で知らない人にパスポートまたは財布を表すのはダメ。警官なら、「交番まで連れて行ったらパスポートを 表す」と答えたほうが良い。タクシーに乗る前にはメーターがついているかどうかと確認すべし。
    特にGara du Nord (北駅)の周辺では治安が悪い。夜になると、ラッカーをクソクソ嗅いでらりる若者は 団体として駅の辺でうろうろしている。駅の周辺で夜に散歩するのはお勧めではない。


  • 見所

    ルーマニアの首都にある歴史的な名所は非常に少ない。残念ながら、沢山の古い建物は チャウシェスクの不遜な都市計画の犠牲になった。残された歴史的な建築物の一つは 町の北部にある Arcul de Triumf (凱旋門)だ。その凱旋門は 第一次世界大戦の勝利の後に作ったものだ。
    ブカレストでどこでも見える眺め
    ブカレストでどこでも見える眺め
    他の歴史的な建築物のうち、Catedrala Patriarhalâ (大主教教会) Curtea Veche (旧王宮跡)などがある。 しかし、それより記憶に刻み込むのは右側の写真のような眺めだ。完璧な交通地獄、すごく狭いまたは すごく幅が広い道路、新しくてぶさい建物またはぼろぼろしている古い建物、そして野良犬や物乞いなどが よくいる建物の立っていない部分はブカレストで普通だ。雨が降ると、ブカレストの市街は本当に 鬱陶しくなる。それより雰囲気がいいところもあるが、探さないと見つけれないといえる。
    本当に素晴らしい歴史的なところがないので、現在の第一名所は Casa Poporului (国民の館)だ。 この今では”国会の館”と呼ばれている巨大な建築物は町の南部にあり、ブカレストの一番大きい建物だ。 裏側には大きくて何もない公園がある。国民の館は国民が入ることができないように高い石垣に囲まれている。 チャウシェスクは1984年にこういう建物を作る命令した。すぐ言ったとおり実行した。 全部で2万人の労働者と700人の建築家が参加した。主任建築家は25歳ぐらいの女の人であって、 この国民の館は彼女の最初のプロジェクトだったが、その結果を見ると裏話を別にしてよくできたしか言えない。
    国民の館
    国民の館の通用門(!)


    1989年というチャウシェスクが処刑されたときには70%ぐらいが完了された。革命の後、 このチャウシェスクのシンボルになった国民の館を崩壊することを要求した人もいたが、 そこまで建築できたので崩壊するのは意味がないことだと結局決定された。そのため、 未完の国民の館を次第に完了することが決められた。通訳専用技術以外には全ての 材料はルーマニア製のものだ。その内、数トンの多色の質が非常にいい大理石や 無数のシャンデリアのための結晶などが使われた。面積を見ると、この建築物は 世界の第二の建物だ(一番面積が広いのはアメリカのペンタゴン)。それに加えて 国民の館の体積はエジプトのピラミッドより大きい。 現在には90%ぐらいが完了されたが、国際会議やコングレスなどが開催されている。 ルーマニアの政府は時々国民の館を使用している。 正面では立派なバルコニーがあって、バルコニーの前には大きい広場が延びる。 チャウシェスクはそのバルコニーから民族に向かって話すはずだったが、最初のスピーチの前に 処刑された。唯一のそのバルコニーから話した人はマイケル・ジャクソンであった。案内者によると、 ジャクソンはブカレストの若者に向かって話したときに「こんにちわブダペスト」と言ってしまった。
  • 往路: 地下鉄で Izvor(イズヴォル)まであるいは バス・トラムで Piaţa Unirii (統一広場)まで行って数百メートルを歩く。 訪問者右側の南口からしか入れない。
  • 入場料:外国人の訪問者は10万レイを払う (約400円、ルーマニア人は5万レイ、 そして3万レイを払う)。撮影許可は9万レイの別料金かかる。入場料は英語またはルーマニア語の案内者の 料金を含む。一人で国民の館を見学することが禁止されている。 建物のツアーは45分ぐらいかかって、お勧めだ。残念ながら小さい部分しか見えない。


  • 以下その他のブカレストの写真:
    国民の館
    国民の館の中:最高の材料しかない


    未完のプロジェクトの一つ
    未完のプロジェクトの一つ




    Curtea Veche
    Curtea Veche(旧王宮跡)の周辺


    チャウシェスクの誇大妄想の結果
    チャウシェスクの誇大妄想の結果


    鳩
    鳩に餌をやる女


    建築的な蜃気楼
    支離滅裂なブカレスト―蜃気楼みたい



    周辺

    ワラキア盆地
    本当に何もないワラキアの中
    近い周辺には平らしかないらしい。その周辺のワラキア盆地という 地方はだいたい農耕面積だ。北には40キロぐらい離れている Snagov(スナゴフ)という小町がある。 スナゴフは歴史的な場所で、教会や修道院などがある。 ここにはヴラド・ツェペシュ公のお墓がある。 ドラキュラは明らかに不死のものではない。
    100キロぐらい南に行くと、 Giurgiu(ジュルジュ)という産業の町がある。 ドナウ川沿いにあるので、そこから簡単にブルガリアの→ルセ市に行ける。 ジュルジュの町自体は全く面白くない町だとすぐわかった。ブカレストからジュルジュまで列車で行くとき、 風景はずっと写真のようだ。各駅停車なら、Videle(ヴィデレ)で乗り換えする。 ヴィデレの周辺には沢山の石油を採掘する機会が見える。古い機械だが、まだ動いてる。
    ジュルジュの駅から徒歩でブルガリアとの国境を越えるすることができるが、国境通過点は町からかなり 離れていてすごく時間かかる。それに加えてヴィデレからの列車はジュルジュの中央駅ではなく、 北駅までだけ行く。そこからは国境まで徒歩で3時間かかる。


    宿泊

    安宿から高級ホテルまで何でもある。特に高級のホテルは中心のほうに密集している。列車で旅行して、ブカレストで あまり長く滞在したくない方は Gara du Nord(北駅)の駅前にあるホテルに泊まると快適。 駅から出て右側にある道路を渡ると二軒のホテルが目立つ。左側のホテルは Hotel Cerna(ホテル・チェルナ) と呼ばれている。二人部屋は80万レイ(一人一泊1300円)になる。それは共用のバス・トイレの部屋だが、部屋は清潔だ。 しかし、上述のように駅の周辺の治安は夜に悪い。ホテルの住所: Blvd Golescu 29, 637 40 87.


    リンク集

  • www.itisnet.com/japanese/j-gallery/j-taka2000/j-bucharest.htm
  •   個人旅行者のブカレストの名所についてのページ。
  • www.asahi-net.or.jp/~SZ9H-KWMR/romania/romania2.html
  • これもブカレストからの旅行記録だ。
  • homepage2.nifty.com/kirislab/chap9_sum/rumania/rumania3.html
  • 一ヶ月もブカレストに滞在した人の首都についてのページ。写真が多い。
    ブカレストについての面白いホームページを持っていますかまたはご存知ですか? その際には住所を知らせてください。確認した後、ここにリンクを入ります。 商業上のホームページはお断りです。 メールのリンクは左側のメニューに入っています。


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