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ほとんど全ての旅行者ヴロツワフの中央駅に着く。構内の内装はあまり綺麗ではないが、外見は面白い。
1850年ぐらい築かれた駅はシンケル流の建築様式の建物だ。駅から出て100メートルぐらい真直ぐ
歩くと、Piłsudski (ピウスツキ)通りがある。左に曲がって次の大きい交差点まで歩くと、
ホリデー・インというホテルがある。そこで右に行くと、Świdnicka (シュウィドニツカ)通りが始まる。
100メートルの後、四角のあまり綺麗ではない Kościuszki (コシュツィウスキ)広場がある。
その辺には店が多くて、ホテルなどもある。また真直ぐ行くと、旧市場広場まで歩ける。
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立派なホテル”Monopol”
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続いて、この通りは Podwale (城の濠)という旧市街を囲む緑地を渡る。その緑地には古い運河の
残りが見える。左手にはオペラ劇場がたっている。次のコーナーにはちょっともろくても素晴らしい
Hotel Monopol (ホテル・モノポール)が目立っている。そのホテルは19世紀の後期に建築された
アート・ヌーボー様式の建物だ。ホテルの後ろには Kościoł św. Doroty (聖ドロテーア教会)
の屋根が見える。このゴシック様式の教会は15世紀に作られたものだ。そこから数百メートルだけ無数の店やカフェーなどが
並んでいる通りを北へたどっていくと、Stary Rynek (旧市場広場)がみえる。
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ヴロツワフ・ブレスラウの旧市庁舎
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大きさを見ると、ヴロツワフの中央広場はポーランドの第二の旧市場広場だ(第一はもちろんクラクフ)。広場の真中には
小さいともっと小さい民家の街区と三つの狭い小道がある。この辺は中世期のままで、たくさんのレストランやバーなどが
隠されている街区だ。この綺麗な市区の前に、華麗な Ratusz (市庁舎が立っている。
市庁舎の建築は1290年始まったが、完了されたのは1504年だ。その間、市庁舎は何回も改築されて、結局後期ゴシック様式の
建築物になった。市庁舎は第二次世界大戦のときに崩壊されなかったのは本当によかった。現在、この旧市庁舎は
ヴロツワフの歴史博物館として使われている。
旧市場広場の隣にはそれより小さい pl. Solny (塩の広場)が広がっている。両方の広場の間、
ヴロツワフのツーリスト・インフォメーションがある。
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旧市場広場の街区
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全ての旧市場広場に面している民家と旧市街全体は綺麗に修復されて、色彩が豊富になってきた。
それは建物の塗装だけではなくて、建築様式についてもいえる。中世期の建物が一番多いが、
あちこちにはユーゲンドシュトィール様式(1900年前後の細かいところが多い様式)の建物などもある。
それより若くてあまり綺麗ではない建物もある。気温が上がると、カフェーとレストランの前には
席とテーブルが置かれて、市街はすごく賑やかになる。それでも旧市街にいるとき、人口は50万人を超えるのは
信じられない。
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聖エリーザベト教会とヘンゼルとグレーテルの門
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旧市場広場の北西のコーナーにはカラーフルの屋根で目立っている
k. św. Elżbiety (聖エリーザベト教会)が見える。このゴシック様式の建築は1330年に
始まって、塔の高さは83メートルぐらいだから遠くから見える。その教会の前に立っている幅が狭い建物は特に面白い:
建物の通称は Jaś i Małgosia (ヤシュとマヴゴスィア) ― これは
グリム童話の”ヘンゼルとグレーテル”のポーランド語版だ。写真で見えるように、両方の建物はバロックのアーチで結ばれている。
その他にも沢山の教会がある:カトリックと古カトリック、プロテスタントとウクライナ帰一教会、大きいと小さい教会、新しいと古い教会・・・
その教会は旧市街全体で点々している。それに加えて、一つの Synagoga (シナゴーグ)もある。
それは旧市街の南西部にあり、pl. Wolności (自由広場)という現在にもよく屋外市場として
使われている広場に近い。
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ヴロツワフ:大聖堂島への橋
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旧市場広場から Kuźnicza (クジニチャ)通りを北方へ進むと、数百メートル後オドラ川が見える。
オドラ川の南岸沿い、色々な教会と町の大学などが並んでいる。その辺の一番大きい教会はゴシック様式の
k. św. Wincentego (聖ヴィンセント教会)と呼ばれて、13世紀に建築されたものだ。現在には、
聖ヴィンセントはウクライナの帰一教会という教派に使われている。教会の後ろには小さい橋がある。
それを渡ると、ostrów piasek (砂の島)というオドラ川の中洲がある。その中洲はすごく小さいが、
それでも二軒の教会がある。そこから右側の橋を越えると(市内には全部で200以上の橋がある!)、
o. Tumski (大聖堂の島)に入ることができる。上述どおり、この辺はヴロツワフの最古の市区だ。
大聖堂の島の上にはもちろん大聖堂がある。それはただ Ostrów Tumski katedra (大聖堂島の大聖堂)
と呼ばれている。島といっても、実は大聖堂島はずっと前から島ではない。いつかオドラ川の北の支流が土砂で埋められたから、
大聖堂島の北方には水がない。その大聖堂の建築は13世紀に始まったが、完了されたのは1590年だった。特に二つの高い塔がすぐ
目立っている。しかし、現在に見えるのは1991年に再建されたものだ。訪問者は大聖堂の中でエレベーターで塔にある展望台まで
行ける ― 入場料は 2 Zł だけだ。その展望台から町全体がうまくみえる。他には大聖堂島には四つの島があり、ヴロツワフの
宗教的中心だといってもいいだろう。
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ヴロツワフのマルクト・ホールはいつも賑やか
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環状の城の濠の中の旧市街の東部と北部は他の市区より魅力的ではないが、
緑地などがかなり多いから散歩しやすい地区だ。特にオドラ川沿いの道は綺麗だ。旧市街の東北部には
賑やかなマルクト・ホールという伝統的な市場もある。まとめると、ヴロツワフは本当の真珠で、段々人気のあるところになる。
旧市街を横断する年寄りの観光客の団体をみると、それがすぐわかる。
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