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上述どおり、ビリニュスの旧市街は→リーガと→タリンの旧市街と
全く違う。タリンの旧市街はすごくお洒落だが、堡塁などのせいで雰囲気は所々で少し猛々しい。リーガはハンザ同盟の
ような町だが、ドイツに与えられた影響は紛れもないものだ。それにもかかわらずリーガは近代的な町だ。
それと対照的に、ヴィリニュスは落ち着いたところで、雰囲気は特別だ。それはユネスコの文化遺産になった
Senamiestis (旧市街)でどこにも味わえる雰囲気だ。駅から行くと、
徒歩で10分ぐらい離れている Aušros Vartai (黎明の門)を通過して旧市街に入るのは
ベストだ。門の前には凄い交通がある大きい交差点がある。門の後ろはバロック様式の世界が始まる。
狭い横町と華麗な宮殿、教会や円頭石舗装の道路 ― 門前と門裏の差は渋谷と萩の間の差とほぼ同じ。
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聖テレサ教会
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実は昔は九つの門があったが、今まで生き延びた門はこの黎明の門だけだ。門ばかりではなくて、旧市街全体を囲んだ外壁の大部分は
なくなってしまった。唯一の残った外壁の一部は旧市街の東南部に立っている。
門の中のやや長いトンネルを通過した後、Aušros Vartų (黎明通り)が始まる。
右手には小さくて素敵な Šv. Teresės Bažnyčia (聖テレサ教会)という
新古典様式で改築された建物が見える。向こう側にはすぐ次の教会が待っている。それは
Šv. Trejybės Cerkvė (聖三位一体教会)だ。このバロック様式の建築物は
教会と修道院として使われて、東方帰一教会のものだ。東方帰一教会というのは何だろう?昔、正教会の一派とカトリック教会は
妥協した。信仰者は相変わらず正教会の教徒だが、教皇の権威を承認している。この教会の一派は
→ブレストの宗教講和の結果だ。
右手には赤紫色の綺麗な門がある。それは Šv. Dvasios Cerkvė (聖霊教会)の入り口だ。
この教会はロシア正教会のもので、他の教会と同様に建築的な真珠だといってもいいほど美しい。
それは全部ではない:近辺には諸聖人教会や聖カジミエル教会、聖母マリア教会などもある。
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ヴィリニュスの旧市街の中
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上述の黎明通りをもっと北方へたどっていくと、すぐ Rotušės Aikštė (市庁舎広場)
がみえる。当然ながら、ヴィリニュスはの旧いRotušė (市庁舎)はその広場に面しいている。
旧市庁舎は南側にみえる。広場自体はあまり広くなくて、昔から旧市街の中心だった。最古の市庁舎は戦争のときに崩壊されたから、
18世紀に新しいクラシシズム様式の市庁舎が建築された。それ以外は、市庁舎広場には見所があまりない。もっと北方へ歩くと、
Didžioji (ディジョイ)通り-Strasseが始まる。その通りは結局
Pilies (お城)通りになっている。それをたどっていくと、数分後
ĄiKatedros Aikštė (大聖堂広場)というヴィリニュスの最大な広場に着く。お城通りはかなり狭くて、
部分的に屋外市場として使われている散歩しやすい通りだ。
大聖堂広場の真中にはすぐ目立っているArkikatedra Bazilika (大聖堂)とその鐘の塔、そして騎士の立像が
立っている。この大聖堂の別名は聖スターニスラウス教会だ。しかし、側または後ろから見ると、それは教会だとあまり見えない。
現在に見える大聖堂は18世紀に改築されたもので、クラシシズム様式の建築物だ。14世紀後期まで、同じ場所に
雷神に捧げられた礼拝堂が立っていた。今の大聖堂の先駆けは14世紀後期以来作られた教会だった。ヴィリニュスの大聖堂は
大司教の所在地だ。教会の正面はクラシシズム様式の典型的な例の一つで、屋根の上にある三人の聖人の立像は面白い。
大聖堂は塔がないが、その代わりに、側には別の Varpinė (鐘の塔)が立っていて、
その塔の高さは53メートルだ。
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大聖堂、鐘の塔と騎士の立像
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大聖堂から南へ旧市庁舎方面に歩くと、すぐ大きくて綺麗な Vilniaus Universitetas (ヴィリニュス大学)
が見える。この大学はポーランドの王様 Stefan Batory (シュテファン・バトリ)が1579年に創立したもので、リトアニアの最古の
大学だ。1700年以来、ヴィリニュスはロシア帝国の領地になって、大学は反対運動の本拠になった。そのため、ロシアは
100年間ぐらい大学を封鎖してしまった。学園の領地は非常に広くて、特別な市区を作り上げている。ほとんど全ての建物は
バロック様式のもので、それに加えて建物の中には沢山の立派なフレスコがみえる。全部で12の中庭があり、書店や食堂、
そして Šv. Jono Bažnyčia (聖ヨハン教会)という18世紀のバロック様式の素晴らしい建物
などもある。現在には、約2万人の大学生がいる。大学生のおかげで、ヴィリニュスの中心には”大学の町”のような雰囲気が
味わえる。
学園の西には三角の Daukanto Aikštė (ダウカンタス広場)がある。その広場の
南側には大きい大統領官邸がある。その官邸は国家的慶弔行事が行われているところだ。
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ビリニュスの中心にある大統領の官邸
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大聖堂の東には古い宮殿の発掘所があるが、廃墟はかなり少なくて大したものではない。
その後ろ、珍しい丘が目立っている。丘の上には古い塔が立っていて、その周りは公園になっている。
丘の上には Gedimino Pilis (ゲディミナス城)の廃墟がある。ゲディミナスは
リトアニアの有名な大公だった。その大公は中世期に首都を→トラカイから
ビリニュスへ遷都して、そのおかげでビリニュスの黄金時代が始まった。お城のロケーションは完璧だ:北側と
東側には川があり、その丘の上からの眺望はすごくいい。このお城の創立は同時にヴィリニュスの創立だった。
最初には上部のお城、続いて下部のお城と他の堡塁が築かれた。残念ながら、ロシアは19世紀に要塞全体を
取り壊してしまった。特異の建築物としては六角のあまり高くない Gedimino Bokštas (ゲディミナス塔)だけが
残っていて、塔の上にはリトアニアの国旗が風になびいている。塔は城博物館の一部で、登ることもできる。残念ながら、
冬の月曜日には全ての博物館は休館中だ。雨が降ってもお城の丘は行く価値のあるところだ。お城の下には
リトアニア民族博物館と考古学博物館、そして工芸博物館がある。丘の北には Neris(ネリス)川が
流れている。向こう側にはモダンなビリニュスが広がっている(参照:一番上の写真)。
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ゲディミナス城と六角の塔
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お城から東方を見ると、Vilnia (ヴィルニャ)小川の向こう側にもう一つの丘が見える。
その上、やや珍しいモニュメントがある。この丘は Trijų Kryžių Kalnas (三つの十字架の丘)
と呼ばれている。伝説によって、昔には7人のフランシスコ会の修道士が殺され、その内3人が磔にされた。
その事件を基づいて、三つの大きな十字架が作られた。しかし、ソ連時代にはこの十字架が壊された。
1989年、十字架のモニュメントは立て直されたが、今回三つのコンクリートの十字架が作られた。
ヴィリニュスは昼中ばかりではなくて、夜にも面白い。沢山の旧市街の建物はライトアップされていて、
無数の投光装置が点々している。しかし、横町はかなり暗くて、隠されているバーとレストランが多いから
夜の散歩は大変お勧めだ。
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ヴィリニュスの夜景は素晴らしい
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旧市街の一部はヴィルニャ小川の東岸に広がっている。その地区は Užupio (川の向こう側という意味)
と呼ばれて、特に芸術家などのボヘミアンの大人気の住宅地だ。修復されていないおんぼろの家などが多いので、
雰囲気は他の旧市街とかなり違う。ウジュピスへの橋を越えると、左側にまず Užupio Res Publika (ウジュピス共和国)
と書いてあるサインが見える。この辺はちょっとプラハの色々な市区に似ている。
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新しいものと古いものは混合する場所が多い
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この旧市街の名所の一覧表は完全なものではない。そして旧市街ではなくて新市街や他の地区にも色々な名所がある。
その内、Tarybos Rumai (国会議事堂)という遠くて西にある建築物や
KGB (ソ連の国家保安委員会)博物館、北東にある古い
Šv. Petro ir Povilo Bažnyčia (聖ピーターとポール教会)という数千個の彫像が
ある教会、そして新市街にたっているフランク・ザッパ記念碑(有名な70年代のアメリカの歌手)
というローカルのラジオ・ステーションが提供した彫像などの見ごたえのある場所がある。
以上ではないが、ヴィリニュスの一番いい観光のやり方はただ旧市街を散歩することだ。中心にいるとき、首都にいる感じが全くしない。
平日午後中にも人が少ないし、市民たちはだいたい優しい人だ。そのおかげで、観光客は大歓迎だとすぐわかる。
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