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ああ、この町はオーウェル流の悪夢だ。これは巨大なコンクリートのゲット。練馬区マイナス多様性×10。同じような住宅地などは
どこにもあるが、ミンスクのコンクリートの砂漠の広さは恐ろしい。それは誰のせいだろう。ナチス・ドイツの軍隊は
第二次世界大戦のとき、ミンスクを焦土と化した。だからミンスクをできるだけ早く根本から建て直すことが必要だった。
しかし、「ゲット」は大袈裟だ:実はスターリン様式の都市計画にはいい点もある。それは十分広い通り、そして非常に
多い緑地だ。ミンスクは色々な市区( район・ライヨン)に分かれていて、その市区の名前はソ連時代のままだ:
その市区はフルンゼ区、モスクワ区、10月区、レーニン区、工場区、パルチザン区、5月1日区、ソビエト区と中央区
というライヨンだ。
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勝利広場の夜景
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上述通り、幅が広いメイン・ロードは просп. Францiска Скарыны (スカルィナ大通り)
と呼ばれている。この通りは駅に近い пл. Ленiна (レーニン広場)
から始まって、数キロ真直ぐに東北へ走っている。郊外でスカルィナ大通りは M 2 という
高速道路になって、それをたどっていくと、ミンスクUという国際空港、そしてスモレンスクというロシアの大都市へいける。
大通り沿い、地下鉄が走っている。この大通りをレーニン通りから1キロぐらい歩いて、川を渡ると
пл. Победы (勝利広場)というところへ着く。勝利広場は半円形の膨大な広場で、
北部はスターリン様式の長い建物に囲まれている。その建物はライトアップされているので、夜景は面白い。広場の真中には
第二次世界大戦の犠牲者の記念碑がある。それは永遠の炎、そして槌と鎌というソ連のシンボルがのっているオベリスクだ。
それの地下もモニュメントとして使われている。
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ミンスクを貫流する川と旧市街
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スカルィナ大通りのスヴィスロチ川を渡る橋の周辺には、色々な川沿いの公園がわたっている。
その公園を横断して川沿い北西へ歩くと、もう一つの大きい橋がある。その辺の北岸には
ミンスクの旧市街がある。旧市街と言っても昔のままの建物がない。
全部は再建されたものだ。旧市街は川の半島を占めて、かなり小さくてあまり面白くない地区だ。しかし、
他のミンスクの灰色の地区と比べて、旧市街は散歩する価値のあるところだ。その辺には唯一の
戦争を生き抜いたシナゴーグがある。
旧市街の東には大通りがあり、その通りの反対側には
пл. Парiжской Коммуны (パリ・コミューン広場)が広がっている。
それは大きい公園で、真中には大きすぎる劇場がたっている。
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ミンスクの旧市庁舎
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旧市街から見ると、対岸には Нямiга (ニャミハ)という地下鉄の駅と広場がある。
ちなみに、1999年にその駅の入り口で群衆パニックが起こってしまった。大雨が降り始めたとき、数百人の若者は
同時に駅に入ってしまって、数十人の人が死亡してしまった。ニャミハ広場から数十メートルだけ東へ歩くと、
пл. Свабоды (自由広場)がある。16世紀以来、それはミンスクの
中心だった。現在にも、三つの教会はその時代から残っている。それは聖ドゥハウスキ大聖堂、ベルンハード教会と
聖ピーターとポール教会だ。そして再建された旧市庁舎もその辺にある。しかし、そこにもモダンなミンスクのほうが
出ている。
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駅前の広場のスターリン様式の建物
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スターリン様式という建築スタイルは一体なんだろう。ミンスクの駅から出ると、その様式の定義がすぐ見える。
Прiвакзальная пл. (駅前広場)に面している建物は全て1950年代ぐらい
築かれたもので、同形の同時に建築された建物はミンスクばかりではなくて、モスクワとキエフ、ワルシャワとベルリンの東部などにも
いっぱいある。同じような建物は вул. Ленiна (レーニン通り)というミンスクの一番賑やかな
通りに並んでいる。レーニン通りはダイナモ・ミンスクというサッカー・チームのスタジアムで始まって、一番高級な店やレストランなどが
密集している通りだ。その内、大きい ГУМ (中央百貨店)やマックドナルドなどもある。
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他の建物に似合わないモダンな駅
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ミンスクには共産主義時代の単調さを破るところがあまりない。一つの例外はびっくりするほど近代的な
中央駅の建物だ。その駅はコンクリートとグラス、鉄鋼の組合せで、周りの建物に全く似合わない。構内には、
このモダンな場所を整然と保つ試みが見える。それはあまり簡単ではない課題だ:無数の泥酔したベラルーシ人は
駅の中でぶらぶらしている。様々な無礼のスタッフがいるキオスクや新聞屋、荷物の一時預かり所、二つのお金を両替できる
銀行の支店などがある。その沢山の酔っている人のせいで、構内は清潔だが何か汚い。駅から二つのトンネルがある。
一つは駅前の大通りの反対側への地下道で、二番目は地下鉄の駅へのトンネルだ。上述通り、二つの
地下鉄の線だけがある。駅の名前は変更されてしまったが、地図には旧名だけが書いてあるから注意したほうがいい。
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ミンスクの使いやすい地下鉄
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その他には無数の博物館がある。その博物館の半分以上は
大祖国戦争についてのものだ。「大祖国戦争」というのは、ロシア語から訳した「第二次世界大戦」という意味だ。
ちなみに、「祖国戦争」という言葉もあり、それは第一次世界大戦んという意味ではなくて、フランスの皇帝ナポレオンがロシアを侵略したときの
戦争の名前だ。大祖国戦争はソ連時代に一番人気のあるテーマだった。それでもドイツとの関係はかなり良いというのは
驚くべきものだ。博物館ばかりではなくて、無数の同じことに捧げられているモニュメントがミンスクで点々している。その上、
沢山の公園やでかくて醜い庁舎などもある(参照:一番上の写真)。
ミンスクは綺麗な町だというのは無理だ。それでもこのソビエト時代の理想都市の模範的な例を見るのは印象的な体験だ。
これもヨーロッパだ!大きさは半分だけだったらこの町は全く面白いかもしれない。しかし、この郊外の限りがなさそう住宅地を横断する
のは忘れられないものだ。
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