グルジアについて

グルジアの国旗
サッハルトヴェロ - グルジア語での国名
サ ク ア ル ト ヴ ェ ロ
Sak’art’velo – グルジア共和国 

国土面積
人口
首都
宗教
世界に於ける地位(国民総生産)
約7万 km² (アブハジア含む)
約550万人
トビリシ (ティフリス)
多数はクリスト教(グルジア正教会)
135位 (1993の統計)

政治

グルジアは、すでに数千年前からギリシア世界の一部として有名であった。 その当時、現在のグルジアの領域はコルキスあるいはイベリアと呼ばれていた。 ちなみに現在のスペイン・ポルトガルもイベリア半島と称されるが、関係があるかどうかは不明だ。 コルキスはギリシア神話に登場する金羊毛皮の国で、金羊毛皮というのは、ヤソンがアルゴ船に乗ってコルキスで捜した秘宝のことだ。

グルジアは元々独立心の強い国であったが、歴史的にはしばしばオスマン帝国やペルシア、ゼルジューク帝国などの大国の属国であった。17・18世紀からロシアの影響が次第に大きくなり、結局19世紀にはロシアの領域になった。1917年のロシア革命後の混乱に伴い、グルジアを含む南カフカスがその翌年に独立を宣言した。しかしロシア赤軍は南カフカスの地方を1920年から1921年にかけて侵略して、グルジア、アゼルバイジャン、アルメニアという三つの共和国を作った。このころから、グルジア生まれのソ連の大政治家スターリン(本名ジュガシュヴィリ)が大きな役割を果たすことになる。ちなみにグルジアではスターリンは現在でも尊敬され、スターリン通りがあったり、あるいはスターリンの彫像なども多く見かけられる。

1991年、グルジアは倒壊の最中であったソビエト連邦からの分離独立を宣言をする。この時首都トビリシでは市街戦が勃発して、武装集団が国全体で略奪をくり返した。また大統領に対する反乱が起こり混乱したが、 結局世間で広く尊敬され、旧ソ連の外相としても高名なシェワルナゼが国家評議会議長に就任。1995年11月シェヴァルナゼは大統領に就任、現在に至っている。

 

首都の中心にあるIDPいわゆる避難者の長期宿泊所になっているホテル・イベリア

旧ソ連時代から、グルジアには南オセチア、アジャリア、アブハジアという三つの自治共和国がある。各自治共和国には様々な問題があるが、特にグルジアの北西海岸を占めるアブハジア自治共和国との関係は昔から困難を極めている。 アブハジアの人口は、約半分がグルジア人、残りの半分がアブハジア人であったが、 アブハジア自治政府の国会はロシアとの合邦を要求した。グルジアの政府はその要求をきっぱりと断り、このためアブハジアでは残酷な内戦が勃発した。 ロシアの大規模な支援を受けたアブハジアは、1993年の秋にはこの内戦に勝利して自治共和国を支配下に置く。アブハジアの首都スフミが陥落したとき、シェワルナゼ大統領はまだこの町にいて、ぎりぎりで脱出した。

内戦の終結後、アブハジア人たちはグルジア人の住民たちを粗暴に追放した。結果的に戦前の人口の半分、約25万人が避難民となってグルジアに移住を余儀なくされた。その人たちはIDP (internally displaced persons の省略語で、 国内避難者という意味)と呼ばれて、現在でも困窮した生活を強いられている。現在アブハジアには残りの約30万人しか居住していない。 また現在グルジアからアブハジア自治共和国に入るのは不可能である。

グルジア政府は、まだまだ国全体をコントロールしているとは言えない。 南オセチアやスワネチアというカフカス山脈の地方、特にパンキシ渓谷というチェチェンの国境に近い地域は政府のコントロールの及ばない地域で、観光客が立ち入ることは危険である。 南西にあるバトゥミ市の周辺を占めるアジャリア自治共和国は独立国ではないが、自前の警察や準軍隊もある。アジャリアの知事は強権で全てのことをコントロールしている。またアジャリア自治共和国は、閥族主義があり「マフィアの国」とも呼ばれている。

このような内戦の問題以外では、グルジアは経済的にも政治的にも次第に改善している。 1995年の新しい通貨の導入は成功だった。特にトビリシを見ると、経済成長が目にみえる。だが、賄賂や閥族主義などは依然として大きな問題だ。

言語

グルジアでは、一般にはグルジア語と呼ばれているカルトゥヴェリ語が話されている。グルジア語はカフカス語属の一部であるカルトゥヴェリ言語類型の一つで、ヨーロッパの言語や東アジアの言語あるいはトルコ語などとは全く関係がない独自の言語である。 グルジア語は独自のアルファベットを使用する(上の国旗の隣に書いてある文字)。 そのアルファベットは38文字だ。大文字と小文字の区別はない。グルジアを旅行する人は多少でもグルジア語の文字を読むことが出来たほうが良い。アジャリア自治共和国では、グルジア語だけではなくロシア語のキリル字も書いてあるが、それ以外は メニューや時刻表などはグルジア語の文字だけで書かれてある。

ロシア語はどこでも通じる。私はグルジアでロシア語が出来ない人は会ったことがない。しかも、東欧の諸国とは対照的に、ロシア語で話すことをいやがる人は少ない。それ以外では、それほど多くはないが英語も通じる。日本語を少し話せる人は一人しか出会わなかった。(参照:第10日

自然・気候

グルジアは山の国である。どこ見渡しても山また山。 北のカフカス山脈(別名コーカサス山脈)、南のリチ山脈。この二つの山脈に挟まれた平地が黒海からカスピ海まで広がっている。 カフカス山脈の尾根は至る所で5000メートルを超えるロシアとの国境である。 しかも、カフカス山脈は北方からの寒気団の流入を阻止しているので、山地以外は真 冬でも気温はめったに零度を下回らない。 さらに、黒海からの暖かい空気が二つの山脈に囲まれたこのグルジアの平地に流れ込 むことで、亜熱帯性の地域もある。 このような気候のおかげで、ぶどうや茶、柑橘類の果樹などの栽培が盛んだ。 カフカス山脈の真中には、氷河などもある高山と亜高山の地方もある。一方首都のトビリシなどの町がある平地では、夏の最高気温がおよそ30度に届くほどの快適な気候だ。

 

旅行の情報

 

グルジアのビザ

グルジア入国に際して、ほとんど全ての国籍の人はビザが必要だ。だが、日本にはグルジア大使館がない。それに加えて、陸路入国する場合には国境ではビザの発給ができないと聞いた。そのため、ビザは旅行する前にもらったほうが安全だ。日本にはグルジア大使館がないので、北京やモスクワ、ドイツ、トルコ(イスタンブール)、アゼルバイジャン(バクー)等のグルジア大使館でビザを申請しなければならない。また、トルコの黒海沿岸の町トラブゾンには領事館がある。 手紙でビザの書類を申し込み、料金を振り込み、そしてパスポートを書類、領収書、旅券用写真と回答用紙と一緒に書留で送ると、遅くとも二週間でビザの取得が可能である。三日間の有効期間のある一回限りまたは 二回限りのトランジット・ビザの料金は約25ドル。それ以外では、14日間の在留期間のあるビザもある。そのビザは60ドルぐらいかかる。招待状は必要ではない。トルコから入る方は、トラブゾンという黒海にある町で簡単にビザを申請することができる。ただ写真とパスポート、そして約60ドル(トルコのお金でしか払えないのでご注意下さい)は必要だ。営業時間は午前10 から12時まで、そして午後2時から4時までだ。書類を記入して、お金と写真を出すと、ビザを作るのは5分しかかからないのでとても便利だ。また、トビリシ空港の情報では、2週間の滞在ビザが約40ドルで、写真は必要ない。ごく簡単に取得が可能である。

グルジアへの入国は飛行機・船・バス、あるいは列車と選択肢がある。飛行機は当然の事ながら他の輸送機関に比べて高価である。 アブハジアの紛争のせいで、ロシアからの列車はない。但し、アルメニアから列車で 入ることが出来る。 カフカスを超えてロシアのフラディカフカス(Владикавказ)またはミネラリヌィ・ヴォディ(Минеральные Воды)からカズベギという村で入国することが出来る。直通のバスが多い。 アルメニアとアゼルバイジャンには少なくとも二つの出入国地点がある。

トルコには二つの出入国地点がある。一つは海岸にある24時間開いてるザルプ→バトゥ ミの出入国地点、そして山地にあるポソフ→アハルツィという朝早くは開いていない 出入国地点である。トルコとは2時間の時差あるのでご注意下さい。 サルプ・バトゥ ミのほうは、賄賂を使うことになるが、できるだけ払わず通過してみよう。詳細は第4日参照。それ以外は、少なくともトルコとアルメニアからの出入国は無難だ。

グルジアの通貨はラリと称され、省略語のGELもよく使われている。1ラリは100テトゥリになり、為替相場は安定している。1ラリは約60円だ。 現金自動支払機はまだ普及していない。トビリシで一台見つけたが、まだ準備中だった。だが、トビリシの大きな銀行では、クレジット・カードでお金を下ろすことができる。両替所はどこにもある。 しかし、絶対ドルの現金は持っていったほうが良い。 グルジアの通貨はグルジア国内だけで両替できるが、残ったラリをドルまたはユーロに両替するのはグルジア国内では問題ない。

民宿は非常に安くて、500円位で泊まれるところが多い。トビリシ以外は、安いホテルもある。 食べ物や飲み物、そして交通費もとても安いので、活発な人でも、全て含めて一日2000円ぐらいで快適な生活をすることが出来る。

グルジアの2ラリお札

グルジアの列車はものすごく遅く、バトゥミからトビリシまでの250キロを走るのに10時間以上かかる。 だが、夜行で行くとかなり便利だ。道路の状態はほんとうに最悪だ。トビリシからクタイシへの道路などはまだ質がいいが、 特に国境に近い道路では、もう道路とは言えないほど悪い。 このような道路事情で、数時間もがたがたするバスの中で上下に跳ぶのは大変なので、胃が弱い人は是非乗り物酔い薬を持っていったほうがいい。 バスでどこにも行けるが、ほとんど全てのバスは数十年前に新車であったハンガリー製のイカルスというバスだ。その他、マルシュルトカというトルコのドルムシュに似てる乗合タクシーもある。マルシュルトカという名前は、ロシア語に訳したドイツ語のマルシュルーテ(行軍道筋)という言葉だ。このマルシュルトカは市内交通でとても便利で、大体0.50ラリしかかからない。町を結ぶマルシュルトカはバスより高いが、比較的速い。田舎へは、貸し切りのタクシーでも行けるが、値段は乗る前に決めたほうがいい。トビリシには、かなり便利な地下鉄(メトロ)もある。

グルジアの国内問題と公安問題の為には、グルジアへ行く前に外務省のグルジアについての最新情報を読んだほうがいい。 アブハジア自治共和国に入るのはグルジアからは相変わらず不可能だが、アブハジアとパンキシ渓谷などのチェチェンに近い地方、南オセチアとスワネチアの一部も行かないほうが良い。 最近、首都とその付近では外国人の誘拐と射殺事件が起こったので、公安の状況を検討したほうがいいと思う。

要約すると、グルジアはかなり旅行しやすい国であるが、不安な感じもするかもしれない。観光客はものすごく少ないのですぐ目立つだろう。親切ではない人もいるが、一般のグルジア人は非常に客に対して友好的な人だ。トビリシでは、すりにあってお金が盗まれた外国人と話したことがあるので、特にメトロなどの人が多い交通機関や駅などの人が多いところでは注意したほうがいい。 観光客があまりいないので、客引きは全然いない。私はグルジアで国境からの乗合タクシー以外で、グルジア人より高い値段を払ったことがない。観光客に高額な料金を要求することは他の国ではよくあることで、値段について大騒ぎをしなくてもいいことは、グルジアのいい点である。グルジア滞在で、民宿での宿泊はハイライトだ。私はグルジアを五日間しか旅行しなかった。 グルジアは小さい国だが、見るところも多く、景色も素晴らしく、また人も優しい。5日間以上滞在したほうがいいみたい。

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